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金姓略系譜
 新撰姓氏録右京皇別条に「新良貴 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊男稲飯命之後也。是出於新良国。即為国主。稲飯命出於新羅国王者祖合。日本紀不見。」の記事がある。 また
古事記に「稲氷命は妣の国と為して、海原に入り坐しし也」とあり、新良貴氏祖稲飯命は新羅始祖赫居世と同一人物と思われる。
 延暦二年七月紀に「左京人散位六位上金肆順、姓を海原連を賜う」、「右京人正六位上金五百依、姓を海原造を賜う」、姓氏録右京諸蕃条に「海原造、新羅国人進広肆金加志毛礼の後也」と新羅帰化族に海原姓下賜の記事があり、海原が新羅の別称であることは明らかである。(参考:御毛沼命の赴いた常世国は燕の別称)
 上古の日鮮同域時代は人の往来も多く、北方諸族漢姓化の代表である金姓が日本にも繁衍したことがうかがえる。
 東北地方に多い金氏も新羅王家祖の金閼智末裔と称しており、九戸郡を本拠とする金姓久慈氏は清和源氏南部氏より養子修理を迎えて源氏に改姓、さらに政信の代に近衛家の猶子となり藤原氏に改姓する。
 また金は、今、昆、紺などと通じ、本姓金姓の金野、今野、昆野、紺野なども多く存在する。


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