Q & A 

7.5Kmの稜線上を細々と新潟、福島、山形の県境が続く飯豊回廊

 福島県西北端に聳える三国岳(岩代・越後・羽前国境を示す山)から、三尺幅程度の二本の県境が飯豊山頂を目指して細々と伸びている。 飯豊山頂付近から幅が拡がるものの御西岳辺りまで続き、何と福島県喜多方市と新潟県新発田市が市境を接しているのである。
 飯豊山は白雉3年(852)に知尚和尚と役小角が開山したといわれる山岳修験道の山で、残雪の雪形が農事暦に利用され五穀豊穣を祈る会津盆地住民の信仰対象でもある。
 元々、東蒲原郡は越後でありながら会津藩領で津川に代官所を置いていたが、明治に新潟県帰属となり県境紛争が起こる。 明治40年(1907)に政府により飯豊山神社及び境内、登山道は福島県一ノ木村(現・喜多方市山都町)に帰属の裁定が下されて恐ろしく狭い飯豊回廊が誕生する。


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