Q & A 

日本上古史仮説

 現代日本の歴史教科書を開けば、六世紀以前は考古学資料と中国史料で埋め尽くされている。
 古事記・日本書紀は文献の精査もせずに、皇国史観の神話として排斥されているのが現状である。
 古来から惑わされてきたのが中国史書の「卑弥呼の記紀人物比定」と「邪馬台国の地域比定」の二つである。
 しかし記紀が紀年延長と系譜変造を行った結果、魏志倭人伝と記紀の叙述紀年は全く異なり邪馬台国論争は未来永劫にわたる不毛の論議と化したのである。
 日本語の基層(文法)が北方系、語彙が南方(中国江南)系であることから、太古からの北方系先住民が江南系の移住民に統治された歴史がうかがわれ、この事実を神話化したのが天孫降臨であり三世紀末と推定される。
 五胡十六国時代以降の中国では、鮮卑系の台頭がめざましく華北に北魏を建国する。
 漢民族が統一した隋・唐にしても漢化した鮮卑族を外戚に持つ鮮卑系帝国なのである。
 古事記上つ巻に「御毛沼の命は、波の穂を跳みて、常世の国に渡りまし」とあるが、これは神武天皇の皇兄が鮮卑系の燕へ派遣された事蹟であり、五胡十六国時代の前燕(307-370)ではないかと思われる。 (常世は燕の別称)
 神武天皇即位年は辛酉年の言い伝えがあり、西暦361年が妥当であるが、日本書記編纂時に讖緯説により干支17運(1020年)繰り上げている。
 巨大古墳時代が三世紀末からで、出土する三角縁神獣鏡が呉の系統のもので日本列島製造説から江南渡来説の信憑性が高まっている。
 古事記・日本書紀は紀年と系譜について従来の先入観を取り払い異伝も含め精査して再構成することにより、空白の四世紀を復元する貴重な史料に再評価されるものと確信する。


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